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耕すことの四方山話

08 籾殻心土破砕

籾殻心土破砕は、私が昭和43年頃に本田農機へ提案したものです。特許申請では、夾雑物充填装置付き心土破砕という名称でした。

当時、行われていた水田の基盤整備で、区画をどの程度の大きさにするのが妥当かが検討され、防除機等の能力から30アールが妥当とされました。

ところが、ブルドーザの整地で表層が踏み固められ、排水不良になり湿田になってしまうことが多かったのです。この問題は、整地後に心土破砕して引き渡すことで解消されましたが、湿田になってしまった水田を根本的にどうするかが課題となりました。

区画拡大に対して大型トラクタがどの程度使い易くなるかを確認するために設けた、奈井江の実験区で、様々な試験を行いました。トラクタに水田車輪を装備してもスリップしてしまうので、思うようにサブソイラがけん引できず、やむを得ずトラクタにウィンチを取付け、サブソイラをウインチで曳くことにしました。しかし、羊羹を切るようなもので土壌を破砕することもなく、また溝も直ぐに閉じてしまい、農家から怒られるばかりでした。一度湿田にしてしまうと、その手当は大変なのです。そこで、羊羹の切れ目が閉じないように、心土破砕をしながら籾殻を封入しようとなりました。疎水材が入れば排水性が良好になると判断したのです。

当時は暗渠埋め戻しの際、土管の上に籾殻を投入する方法が検討されていて、籾殻心破の開発に抵抗はありませんでした。それでも中には工事費が嵩む、腐植してしまえば、疎水材としての働きをしない等と言われました。しかし、調べてみると籾殻の腐植は殆ど無く、水の通りがあれば、土中に酸素が供給され、作物の根はそこに沿って伸びていくので、その根が新たな水道になっていることなどを確認でき、排水性の向上、持続性の良さで一つの技術として認められ、秋田県の八郎潟干拓水田からの大量注文が来るようになりました。その後、様々な改良が加えられ、さらに使い易いものになりました。

 

08-01 最初の籾殻心破
昭和40年(1965)代、水田の基盤整備が盛んに行われた。工事法に不備があり、湿田にしてしまうことが多かった。その対策として心土破砕しながら籾殻を封入する方式を開発した。

 

08-02 新型籾殻心破
暗渠工事をしても、粘質土壌の場合排水性に乏しく、水を誘導してやる必要があった。暗渠にクロスして籾殻心破を施行すると、排水は効果的であった。

 

08-03 籾殻心破の断面
暗渠の施行深は1メートルであるので、籾殻心破は60センチの深さは必要とされた。表層30センチは籾殻を必要としないので、その下30センチに籾殻を封入することになる。

 

08-04 圃場の水蝕、局所滞水
大型機械化と共に心土には圧密層が形成される。心土の排水性が悪化すれば、作土は高水分状態となり、作の生育に支障を来す。そればかりか、水蝕や局所滞水の原因ともなる。常に心土の排水性改善に配慮すべきである。

 

08-05 有材心破
いろんな疎水材を利用しようとすれば、圃場の表面にバラ撒きしておいて、プラウ耕と同時に心土に封入する方式がある。

 

08-06 表層残渣物の心土封入状況
れき底を心土犁で開溝し、そこにスクレーパで表層にバラ撒いた残渣物を撒き寄せて封入する。プラウの耕起幅毎に疎水材が入るので、密條処理である。