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耕すことの四方山話

15 心土肥培耕プラウ

昭和26年からスタートした耕土改善事業は、第一次で6年間、第二次として同じく6年間実施され、昭和38年に一応の打ち切りとなりました。心土耕プラウ、混層耕プラウ、心土破砕耕プラウなどの活躍で、既耕地の土地生産性向上に大きく貢献しました。

終戦から10年を経た昭和30年頃から、一般産業の復活で化学肥料が手軽に使えるようになり、深耕と相俟って各作物の収量を倍増させました。この事業が切っ掛けとなり、農家はホイルトラクタを導入するようにり、今日の大型機械化体系が組み立てられる基礎となりました。

さて、次の事業を計画しなければなりませんが、これがなかなか決まりません。前の事業よりレベルアップすべく識者が集まっても喧々諤々するだけでアイデアが出てこないのです。ようやく辿り着いた方策は、急速な深耕を避けるためボトムプラウの後に心土犁を取り付けて行っていた心土耕に、土壌改良資材を投入できる装置を取り付け、改善されていなかった下層土の化学性も一気に改善するという方法はどうかでした。

予算は耕土改善事業の時より多めに確保され、試験場の機械科にが主導することになりましたが、誰も経験がないので、どんな機構にするか要領を得ません。土壌肥料関係者からは、土壌改良資材を下層土に完全に混和することを要求され、事業関係者からは、限られた時間での請負作業だから心土耕プラウの作業能率を低下させてはならないと要望されます。船頭が多いと船が山に登るようなものです。

ロータリを使えば、完全混和は可能であっても構造が複雑になり高速作業は望めません。簡潔な構造での完全混和を目標にテストを繰り返し、心土破砕部の刃板を工夫することで心土が大きく動いて亀裂ができることが分かり、そこに土壌改良資材を投入すると意外と良く混和された状態になることを発見しました。そこで、土壌改良資材を三分割し、その一部を下層に到達するようにして土壌肥料の関係者を納得させることができました。

ところが、行政関係者が単純すぎて高水準機械に見えないとクレームをつけてきまました。シンプルイズベストだと説明しても、農林省に説明できないと言うので、やむを得ずウイングホーンなどを取り付けて見た目の高水準感を与えました。当時は防風林としてカラマツが沢山植えられていたので、その付近を作業すると伸びている根がウイングホーンに絡みついてしまうので、監査が終わったらウイングホーンは取り外すことにして事業化がスタートしました。

土壌改良資材にも補助金が付けられたので、事業は順調に進行し、下層土の化学性の改善は予想以上の効果で心土肥培耕は開発公社のドル箱になりました。現地試験の成績は、湿性型火山性土(黒土)で特に顕著な効果があると発表されましたが、乾性型火山性土(赤土)であっても下層土の化学性改善を行って悪いことはないと考える農家も多く、全道的な展開になりました。

一号機は、小西農機に依頼しましたが、その後スター農機と合併したので量産機は東洋農機が担当しました。事業が安定した頃、スガノ農機でも生産することになりました。東洋農機なりに形を整えた直後に、スガノ農機が乗り出すのは如何なものかということもありましたが、東洋農機の対応に不満を感じていた梅田さん(当時 十勝農協連 農用地開発部長)の強い希望もあり、スガノ農機が製造を始め、問題点と指摘されていた。資材の供給法が大幅に改善されました。

当初は、資材を送り込むのにベルトコンベアを使っていたので、風の強い日には作業者が粉じんを浴びて辛い作業でしたが。梅田さんが長い間暖めていた油圧機器を活用しスクリューオーガでタンクに送り込む方法に変更すると、問題は見事に解決され、さらに、スクリューオーガで送り込む際、溶性燐肥と石灰が十分に混和するように工夫されました。

現場が喝采して迎えたこともあり、東洋農機からは苦情が寄せられることがなかったのは幸いでした。その後、心土肥培耕事業が、さらに拡大したことは言うまでもありません。

 

15-01 心土耕プラウ

昭和26年(1951)からの耕土改善事業に使われたプラウです。作土の耕深を20センチ程度に止め、その下の心土を15~20センチ心土破砕します。合計35センチ以上の深耕となり、根圏域を拡大し、排水性を良好にし、増収に結びつきました。

 

15-02 土心土耕プラウの作業状況

コマツのD30は、耕土改善事業に備えて改良を重ねた結果、国産クローラトラクタが輸入トラクタに劣らない性能を示すようになりました。戦争中は戦車を作っていた会社が、平和産業に貢献です。

 

15-03 国産クローラトラクタ

耕土改善事業にはトラクタメーカー5~6社が競い合うようにクローラトラクタを製造し、提供しました。耕土改善事業は12年継続しましたが、資本力に乏しいメーカーは、その後淘汰されてしまいました。

 

15-04 心土耕プラウ

心土耕プラウは作業機メーカー3社が製造。基本型は変わりませんが、心土犁には各社が様々の工夫を凝らして特長を持たせていました。当時は心土が硬化していたので、砕土性に配慮されています。心土犁は後随型です。

 

15-05 ホイールトラクタ用心土犁プラウ

耕土改善事業によって深耕が土地の生産性を高めることに効果的だと認識されると、農家は自らホイールトラクタを導入し、土地の生産性を高めるようになりました。ホイールトラクタの場合は、側耕型の心土耕です。

 

15-06 改良心土肥培耕プラウ

心土耕プラウによって深耕は可能となりましたが、心土の化学性は改善されないままでした。それに対応するために、リン酸と石灰の土壌改良資材を、同時に心土に混和するために開発されたのが改良心土肥培耕プラウです。これにより、深耕の効果さらに高まりました。

 

15-07 改良心土肥培耕プラウの作業状況

心土犁によって心土が破砕される際、心土は大きく動きます。そこに土壌改良資材を散布すると、心土によく混ざります。心土の化学性が改善されれば、その後、大型プラウで深耕しても何等差し支えありません。