情報配信

   スガノ農機の現況について正しい情報を配信しております。
現状のコーポレートサイトには事実と異なる内容が含まれておりますのでご注意ください。

耕すことの四方山話

23 有機栽培農産物

有機栽培は非常に誤解が多く正しく理解されていません。

その第一は、簡単に有機栽培が出来ると考えていることです。有機農産物の定義は、前作3年間無化学肥料、無合成農薬の圃場で栽培する農産物とされています。先ず、これをクリアすることが大変なのです。思い立ったように、有機栽培農産物と表示して販売するのは違法であり認められません。直売所などで販売されている有機農産物の多くは、認定のラベルが付いていないので信用できないものです。

また、有機農産物は、安全・安心で健康に良い農産物と考えますが、認定のラベルが付いていても完全に信頼はできません。有機農産物研究協議会などが農水省の指示を受け、厳しく検査し、無肥料・無農薬栽培であることを確認してラベルを発行しますが、実は品質については触れていないのです。

きちんと土づくりをした圃場でなければ、無肥料・無農薬では健全な生育が妨げられ、罹病したり、害虫の被害を受けることが多くなり、その度合いが過ぎれば、とても健康食材度はいえなくなります。品質について触れないのは、おかしいと検査員の審査会で提言しても、コーデックス委員会という国際委員会では品質については触れないことになっており、我が国ではそれに同調せざるを得ないとされています。農家の良心に任せると言うことですが、どうにも納得できないものです。

有機栽培の資材費は普通栽培の倍以上の出費です。除草などの手間も多くなり、労働費の負担も大きくなります。この努力を認めた消費者が、普通栽培の倍で買ってくれるかといえば、世間が有機農産物を必要としていると表明していても、30パーセント以上高くなると購入してくれないのが現実のようです。

テレビ等では、有機農産物は至上のものと繰り返し喧伝しますが、現実と掛け離れていて、ディレクタの不勉強を露呈するだけです。有機栽培の実態を知らないのは困ったものです。

特別栽培農産物は、慣行栽培の化学肥料、化学合成農薬の使用を二分の一以下にしているものです。所謂、減肥・減農薬ですが、これにも検定制度があり、納得できるものと言えるでしょう。肥料と農薬を必要に応じ、制約された範囲内で使用するのは合理的です。

人間社会でも、どんなに健康に秀れた人であっても、インフルエンザが流行すれば、罹病しないと言う保証はありません。一切薬は使用しないと頑張って重体になってしまうのはナンセンスです。上手な薬の利用は安定的な生活を約束し、経済的な負担も少なく済むものです。発達した文明の利器を上手に利用するのは賢明な生き方です。

有機栽培の農家は年毎に少なくなっており、逆に特別栽培農産物に取り組む農家が多くなっているのは、時代の流れと言えるでしょう。

それでは何故、有機栽培が喧伝されるようになったか、この経緯を振り返ってみます。

第二次世界大戦後、一般産業の発達と共に化学肥料や化学合成農薬が自由に使えるようになりました。これによって生産性が向上し、人は化学万能の恩恵を受け、化学の時代と豪語するようになりました。

一方、量販店は見かけの良い農産物を要求します。多目に農薬を使った方がその期待に応えられるので野放図に使うようになってきました。蚊やぼうふらのいない生活は快適ですが、小川に泥鰌や鮒を見かけなくなり、蛇もめっきり少なくなったことを考えると、農村の環境は明らかに変化してきていると認めざるを得ません。

環境の変化は肥料や農薬によるものばかりではありませんが、乱用は反省期を迎えています。この場合、肥料や農薬は害があると決め付けるのは件名ではなく、上手に利用しようとする運動が展開され、今日に至っています。毒性の強い農薬については一層規制が厳しくなりました。また、安全・安心を意識した農薬の開発が進展し、農薬は敵だとする強い反論は必ずしも当て嵌まらない時代になっています。

カリフォルニアなどでは、有機栽培が盛んですが、価格は一般栽培と変わりません。何故そのようにできるか、現地を視察すると農業環境に関係すると分かりました。一部の地域では、牧草を栽培し世界に輸出しています。牧草を3年作り、更新する時に農地を野菜の栽培に利用するのです。牧草栽培は堆厩肥の投入だけで化学肥料は必要としません。もちろん農薬も使わずに済むので有機栽培が簡単に成立します。3年間野菜を作りながら残渣を戻し続けることで、次に牧草に戻す時には熟畑化し、見事な牧草を収穫できるので交換耕作が成立するのです。如何にもアメリカ人らしい合理主義に感心させられます。

牧草地の更新に野菜を持ち込むのは、色々なメリットがあります。先ず、一般畑作後のように病原菌や害虫がいないので野菜は健全に生育します。その上、地力があるのですから言うことはありません。我が国の場合、狭い面積での有機栽培に先ず無理があります。牧草等で浄化されないので病害虫の発生の多くなります。また、農業を知り尽くした篤農家が取り組めば良いとしても、理想に走るロマンチストばかりでは降りかかる難儀に対応できるはずもありません。

農業とは有機栽培に限らず難しいものなのです。

昭和50年代に鹿追農協は、土地高度利用の一方策として交換耕作の制度を立ち上げました。鹿追は山麓に位置し、酪農や畜産の多い地域で、この時期に耕畜連携を試み始めたのですから先駆者と言えます。

草地の生産性を高めるために草地更新が不可欠だとしても飼養頭数が多くなると、その時間を作ることができません。一方の畑作集団は経営面積が大きくなると、作物の種類を少なくして合理化するために短期輪作の傾向を強めます。結果として病害虫の発生が多くなり、収量・品質が低下し始めていました。これを是正するには、畑作と酪農・畜産を結び付けるのが良いとしたのです。

畑作の技術力があれば草地更新は容易です。更新するために耕起された土地に、てん菜や馬鈴薯を作付けすれば、新しい農地に作付けするようなものですから収量・品質は見違えるような物になります。畑作側は、同じ面積を差し出し、牧草やサイレージコーンを作付けます。良質の飼料が収穫できるのは言うまでもありません。五年間畑作物を栽培した後に牧草を播種すると熟畑作していますから見事な草地となります。同じ面積を交換して利用することで土地の生産性は著しく向上し双方に利益をもたらします。これは地域の農業発展にも結びつき、仲介する農協は、奨励策として土壌改良資材を提供しました。その後は、交換耕作面積が拡大し、資材も農家負担で推移するようになりました。この方式は地域複合経営であり、個別経営の枠を越えることで、個別ではなし得ないことを成立させたと高い評価を得ました。

昭和50年代、十勝では石礫圃場の除礫が大きな課題として取り上げられました。石礫の多い圃場は地力があることは知られています。石礫の多さが生産性を阻害しているのであれば除去すれば良いとされました。石礫が多い圃場での根菜類は無理でも、豆類は作付けできると考え、圃場の石礫量を調べてみると、大きさ35ミリ以上の石礫量は、40パーセントであることが分かりました。まるで河川敷のような圃場です。40パーセントの石礫を除去し、作土層を30センチとすると50センチの深さに耕起する必要があり、当初それは無理とされました。しかし、技術の時代です。大型の自走式ストーンピッカを開発し、事業化することに成功しました。これで豆作依存から脱却でき、根菜類を作付けできるので標準輪作が成立し、収益性も増すので農家は非常に喜んでくれました。

ここでの問題は事業費です。50センチの深さで施工し、30センチの作土を造成するには、10アール当たり30万円の経費が必要でしたが、十アールが20万円で売り買いできる時代ですから事業は無意味と言われました。当時の事業は二分の一の補助金が付けられていました。

土地は個人の名義であっても本来は国家のものです。

土地の生産性を高める事業には特別予算を計上して欲しい、石礫の場合は農家の負担が多いので増額して欲しいと要望すると、農地の一等地が工業団地や住宅地などにどんどん浸食され、食糧の自給率を高めると言いながら逆の方向の進展が明らかですから、国にも緊迫感があり80パーセントの助成が認められました。

農家負担が6万円であれば異存はありません。こうして十勝の多礫圃場は殆ど除礫されてしまいました。

交換耕作のような地域複合経営方式にも、このような制度が導入されればと思いますが、現状では先ず無理なので、地域の覇気に望みを託すばかりです。

農機具メーカーと農協、地域農家が一体となって事業を興すことなども検討されるべきと考えます。